Jリーグからカタールへ アラウージョ

日本のプロサッカーリーグであるJリーグの歴代外国人選手を見てみると、多くの外国人選手が活躍してきたことがわかります。

アラウージョもそのひとりですアラウージョは、1995年にプロ選手となります。
2001年にはブラジル代表にも選ばれています。2004年に大分トリニータへ移籍して11得点を記録すると、翌年には18得点を記録してチームの中心選手として活躍します。2006年にガンバ大阪に完全移籍し、Jリーグで得点王に輝きます。
その後もエースストライカーとして活躍しますが、故障が重なって満足な結果が残せず、さらに契約違反で解雇されてしまいます。

移籍先でもエースストライカーとして活躍しますが、半年で他のクラブへ移籍します。カタールリーグでも活躍し、得点王を獲得しています。

カタールでは、カタール王族でもある会長から、彼がいないとチームは勝てないと言われ、絶大な信頼を寄せられていました。引退するまでクラブに所属して欲しいと言われていましたが、後に母国へ帰っています。

ドリブル

元ドイツ代表のディフェンダー ブッフバルト選手&監督

Jリーグでプレーした外国人選手は数多くいますが、その中でもブッフバルトは歴代の選手の中でもトップクラスのプレーヤーだったといえます。

ブッフバルトはJリーグの浦和レッズでもプレーした元ドイツ代表のディフェンダーです。元々は弱小チームの一つであった浦和レッズをそのゲルマン魂で強豪の一つへと成長させた立役者とも言われています。高いディフェンス能力も去ることながら、ドイツ時代ではフォワードとしてプレーしたことも有り、機を見て前線へと上がり、シュートを放つというシーンも見受けられました。
その為ディフェンダーながらも、Jリーグ在籍3年半で11得点を記録しています。

また、現役引退後は監督としてJリーグに戻ってきており、浦和レッズの指揮を2004年から2006年まで取っています。浦和レッズの監督時代では天皇杯制覇やステージ制覇、リーグ制覇など多くの成果を残しています。選手としても監督としてもJリーグに大きな成果を残した外国人選手といえます。

ガッツポーツ

名古屋グランパス FWウェズレイ

Jリーグでプレーしていた外国人選手ウェズレイを覚えていますか。彼のプレーの特徴はゴールでしょう。Jリーグに在籍していた10年間で124ゴールを叩きだしています。

名古屋時代の2003年には自己最高の年間ゴール数22ゴールの結果を出し、その年には Jリーグ得点王・Jリーグベストイレブンに輝きました。歴代のJ1での最多ハットトリック達成回数記録がなんと8回も達成されているゴール能力が高い選手でした。

ウェズレイは2009年の大分を最期にJリーグから遠ざかってしまいました。